Literal Translation: Economy of God

CONTENTS
1 神のエコノミー God's Economy 12 手順を経られた三一の神
The Processed Triune God
2 神聖な三一 The Divine Trinity 13 神のエコノミーを経験する
Experiencing God's Economy
3 分与 Dispensing 14 再 生 Regeneration
4 例 証 Illustations 15 息吹き込む Breathing
5 各段階の過程 Steps of the Process 16 食べる Eating
6 創 造 Creation 17 わたしたちの人の霊 Our Human Spirit
7 受 肉 Incarnation 18 成長 Growth
8 人の生活 Human Living 19 造り変え Transformation
9 十字架 Crucifixion 20 召会(教会) The Church
10 復 活 Resurrection 21 地方召会(地方教会) The local church
11 昇 天 Ascension 22 新エルサレム The New Jerusalem
オイコノミア
 新約で、「エコノミー」という言葉は、ギリシャ語の「オイコノミヤ」を英語化した言葉であって、よく使われています。例えば、この言葉は、エペソ人への手紙第3章で使われています。この章は、キリストの豊富が諸国民に宣べ伝えられ、召会が存在するに至ることを啓示しています。9節は、「奥義のエコノミー」について語っています。

 「オイコノミヤ」は、二つのギリシャ語から成っています。すなわち、家を意昧する「オイコス」と、律法を意味する「ノモス」です。ですから、「オイコノミヤ」は、家庭の規則、家の行政です。幾つかの訳は、「オイコノミヤ」を行政と訳し、他の訳は、「按配」、「計画」と訳しています。神のエコノミーは、彼の計画、彼の行政、彼の按配です。(「旧創造におけるサタンの大混乱と新創造のための神聖なエコノミー」 16ページ 日本福音書房)

 「エコノミー」と「分与」という言葉は、わたしたちの何人かにとって幾らかなじみの薄い、しかも独特な用語です。新約の啓示によれば、「エコノミー」という言葉は、神の永遠のご計画を啓示するために神によって用いられた特別な用語です。ギリシャ語では、この言葉は「オイコノミア」です。そして、それは「オイコス」と「ノモス」という二つの言葉から成ります。「オイコス」という言葉は、家、家族、一家を意味し、そして、「ノモス」という言葉は律法を意味します。わたしたちが二つの言葉を合わせると、その結果である「オイコノミア」は、家庭の規則、家庭の支配、家庭の行政を意味します、、家庭の行政には幾らかの計画と案配があります。また、家庭の豊富を家族のメンバーに分与する上での一種の技術的な実行があります。(「神のエコノミーと神の分与」 103ページ 日本福音書房)

 神のエコノミーとは、キリストの中で神ご自身を選びの民の中へと分与する神の家の行政であり、そうして神が一つの家、家庭を持ってご自身を表現されることです。その家とはキリストのからだである召会です(Tテモテ3:15)。「オイコノミア」すなわち、エコノミーという語は、エペソ人への手紙の中で三回用いられています。第1章10節と第3章9節では「エコノミー[経綸]」と訳されていますが、第3章2節では「執事職」と訳されています。神の経綸は神の按配であって、それは神のご計画、あるいは目的、神の家庭の行政です。エペソ人への手紙第3章2節はパウロに与えられた執事職について語っています。神のしもべとして、パウロは神の執事でした。また神は執事職と呼ばれる務め、奉仕を彼に与えられました。神の側から言えば、「オイコノミア」は神の按配、神のご計画のことですが、パウロの側から言えば、「オイコノミア」は、パウロの執事職、パウロの務め、パウロの奉仕のことです。神のご計画、神の按配は、結局パウロの務め、パウロの執事職となります。テモテヘの第一の手紙第1章3節と4節において、パウロはテモテに、ある人たちが異なる事を教えたりしないように、むしろ神の経綸、神のエコノミーを教えるよう命じるようにと告げています。ですから、それは神の按配、神のご計画を教えるという意味です。

 経綸(dispensation)と分与(dispensing)は二つの異なる事柄を言います。分与は、与えること、分配すること、分け与えることを意味します。神にはエコノミーがあります。そして神の分与は神のエコノミーのためです。神は神の神聖な分与によって神聖なエコノミーを成就されます。神のエコノミーは、神の願いと意図から出たご計画と按配です。神の分与は、神のご計画と按配にしたがって分与し分配することです。(「神聖なエコノミーのための神聖な分与」 7-8ページ 日本福音書房)

 神聖な三一のエコノミーは、神の恵みの使徒の執事職となりました。エペソ人への手紙第3章2節は言います、「あなたがたのために、わたしに与えられた神の恵みの執事職について、あなたがたは確かに聞いていることでしょう」。この「執事職」という語と、第1章10節の「分与」という語は、「オイコノミア」です。「オイコノミア」は第一に、神の経綸、神のご計画、神のエコノミーでした。それから、この神のエコノミーは、神が使徒パウロに与えた執事職になりました。エコノミーと執事職とは実は一つです。この意味は、使徒が行なっていたことは神がご自身のエコノミーの中で行なっているということです、わたしたちが行なっていることは、まさに神が今日行なっていることであるべきです。わたしたちは神のエコノミーを遂行している者であるべきです。神のエコノミーを遂行することは、神の恵みの執事職です。こうした執事職は、恵みとしての神ご自身を彼が選んだすべての人に分与するためです。この執事職から使徒たちの奉仕が生まれ、そしてこの奉仕は神のエコノミーと一致します。キリストのからだを生み出すために、わたしたちの奉仕は、神が選びの民にご自身を分与することと一致していなければなりません。これが執事職としてわたしたちに与えられた神の奉仕です。新約の中で啓示されたこの務めは唯一です。神は二つのエコノミーや二つの執事職を持っておられるのではありません。神はただ一つの神聖なエコノミーとただ一つの神聖な執事職を持っています。この執事職から唯一無二の使徒の務めが出てきました。それは、彼が選んだ人々の中に神の恵みとしてのキリストを分与して、キリストのからだである召会を建造し、手順を経た三一の神の有機体とならせ、彼の全き永遠の表現とならせます。(「神聖な三一の中で、また神聖な三一と共に生きる」 32-33ページ 日本福音書房)
引用書物はすべて日本福音書房にあります。
 ウオッチマン・ニー兄弟(「キリスト者の標準」、「栄光の教会」、「霊の解放」等で知られる)と、その最も親密な同労者であるウイットネス・リー兄弟(回復訳解説付き聖書を出した)は、全聖書の中から真の教会についての啓示を受けて、真の教会を興す主の回復の働きをしてきました。その結果、三千個所以上の地方教会が、「地方教会の信仰と実行」に従って教会活動を行なっています。


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